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名古屋地方裁判所 昭和33年(わ)2017号 判決 1959年4月27日

被告人 古田輝雄

昭八・一二・八生 無職

主文

被告人を懲役二年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は亡古田光雄の二男で野津家へ養子に行き昭和三十三年十月上旬頃は実家に帰つていたものであるが、末弟古田光(当十七年)が昭和三十三年夏ごろから急に素行が悪くなつて家をとび出し不良の仲間に入り、家人の留守をねらつて母や兄の衣類、金銭を持ち出したり、他に借財を作つたり、同年十月末には母親に小遣銭を無心して断わられると母親を殴る蹴る等の乱暴を働いたりしたと聞いて非常に心配し、同人を何とか家に連れ戻して真面目にさせたいと考えていたところ、たまたま同年十一月七日、名古屋鉄道上飯田駅で光に出会つたので、肩書実家に連れ帰つて種々訓戒し、翌朝出勤する途次、同人に小遣銭百円を与えて夕方再び上飯田駅で落ち合い一緒に帰宅することを約束して別れたが、同人は約束を破つたので、被告人としては自己の好意や愛情を裏切られたと感じ、折檻するなどしてもつと強い方法で反省を求めなければならないと考えるようになつた同月十日偶然名古屋鉄道小牧駅で光を見付けたので再び実家へ連れ戻したが、同人の態度に非行を改めたところが見受けられないので懲戒のため縛りあげて二、三日暗いところへ押し込んで充分に反省させようと決意し、三男の晃造に光を逃がさないように見張りをさせ、午後七時半ごろ、奥六畳間と中三畳間との境附近で「お前は皆の言うことを聞かないから反省しろ、縛るからな」といつたところ、光はこれに対し何の返事もせず全く無抵抗で為すがままにされていたので同人を縛つたり、暗いところへ押しこめることについてその承諾を得たものと考え同人が着用していた晃造のズボンが大小便で汚れることを厭つて之を脱がせ、光の両手を後頭部へ廻し、その両手首、両上膊部及び両足首をそれぞれ白木綿細紐(証第二号)又はビニール被覆電線(証第一号)で堅く縛つた上光を抱きかかえて同家勝手場東北隅に置いてあつた深さ約六十三・五糎、長径約八十四糎の小判型中古風呂桶(証第七号)の中に入れ、同人の両膝を立てさせ上半身が膝につく程屈ませ、上から蓋をして約二十本の釘で打ちつけて右風呂桶内に監禁し救を求めるのにも拘らず之を放置しそのため翌十一日午前二時ごろ同人を胸廓圧迫により窒息死亡させたが、同十二日午後五時四十分頃同人を右風呂桶より出そうとして漸く之を発見したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

本件公訴事実は、被告人は―中略―光の承諾を得て同人の両手を後頭部に廻させて両手足及び両腕を夫々布紐及びビニール被覆電線にて緊縛し更らに両足首をビニール被覆電線にて緊縛して、同家勝手場東北部に置いてあつた深さ約六十糎なる風呂桶の中に入れて両膝を立てさせ上半身を著しく屈しさせて蓋を釘付けにしたのであるが約五分後右光が救を求めたにもかかわらず、風呂桶より出すことなく不法に逮捕したまま監禁し、よつて同人をして翌十一日午前二時頃胸部圧迫のため呼吸困難となり窒息するに至らしめたものである、という点及び罪名が逮捕監禁致死となつている点に徴し、検察官は本件について、一旦逮捕罪が、続いて監禁罪が成立し、致死によつて包括的に逮捕監禁致死罪が成立するに至つたものとするようであるが、本件は判示の如く、被告人が光を二、三日監禁する目的を以て、その手段として先づ逮捕行為に出たものであるから、右逮捕行為は広く監禁罪の内に包括せられるものと考えるべきで独立した逮捕罪が一旦成立すると解するのは相当でない。

次に公訴事実によると、被告人は光の承諾を得て、同人を緊縛して風呂桶に押込め蓋を釘付けしたものとなつているが、前掲証拠によると、被告人は光を緊縛した上、衣類罐の中へ二、三日押込めようと考えていたが、衣類罐が余りに小さくて光の体が入らないため風呂桶の中へ入れるに至つたのであり、二、三日の間は食事も与えず、糞便をそのまま垂れ流すことも己むを得ずと考えていたことが認められるのであるが、光が被告人のこのような計画を十分諒解していたものとは考えられないこと(これは光が風呂桶に押し込められて五分後には救を求めている点に徴しても明らかである)と光は被告人に対し明示の意思表示によつて承諾を与えたものではなく、ただ被告人の為すがままに委せていたに過ぎず、それも被告人の弟で光の兄に当る古田晃造が側で監視しているばかりでなく、当時家にいた者がすべて被告人の行為に賛成し、之を援助するような態勢を取つていたため、仕方なく被告人の為すに委せていたものと考えられることから、光が真に被告人の行為に承諾を与えたものと解することはできない。

然し判示のとおり被告人は光の承諾を得たものと考えて本件行為をしたのであるから、被告人の右認識が行為の違法性を阻却するか否かについて考えねばならないが、行為の動機については多少認容すべき点もあるけれども、犯行の着手前に被告人が為そうと企図していたこと及び現実に行つたことは何れも前に認定したとおりであつて、その方法、態様は甚だ残酷で、著るしく公序良俗に反するといわなければならないので、本件犯行の違法性を阻却するものとは為し得ないから、被告人の所為は当初から違法性を有するとしなければならない。以上のとおりであるから、被告人の判示所為は刑法第二百二十一条、第二百二十条第一項に該当し、同法第十条に従い、同法第二百二十条第一項の刑と同法第二百五条第一項の刑とを比較し、重い傷害致死の罪について定めた刑に従いその刑期範囲内において被告人を懲役二年に処する。

(裁判官 井上正弘 平谷新五 水野祐一)

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